2026年6月17日の杉江松恋
2026年6月17日。
杉江松恋が今月書かなければならない原稿、やらなければならない仕事は以下の通り。
レギュラー原稿:週刊5・隔週刊1・旬刊2・月刊2
イレギュラー原稿:書評1・インタビュー1・文庫解説2・新人賞下読み1
その他:動画撮影配信5・演芸会主催1・講師1・浪曲台本1、打ち合わせ2
昨日は一日アートスペース兜座に詰めて、演芸会〈スギエゴノミ〉主催者としての業務をこなしていた。先月までは立川寸志さんの落語会を毎月催していたため、複数回この会場に来ていたのだが、それも無事完結したので今月は一回のみである。玉川わ太勉強会、木村勝千代独演会、広沢菊春独演会と三つの会を一日で開き、すべて片付け終わったのは午後9時過ぎ、近所の居酒屋で自分で自分を少し慰労してから帰宅した。
演芸会の模様はまた別のところで書くので割愛するが、お客さんに来てもらい、お金を頂戴して礼を言うという行為がいかに大事かを、会を開くたびに痛感する。決して当たり前のことではないのである。対価に見合うものを提供できているか、楽しく快適に過ごしていただけているか、ということに気を配る体験ができるのが、〈スギエゴノミ〉の最も大事な点だと思っている。普通にライターをしているだけでは体験できないことだからだ。
ライター仕事にのめり込んでいた30代のころは、家族以外はほぼ業界の関係者としか話をしなかった。友人も業界の関係者ばかりだから、ずっと水槽の中にいたようなものである。私の場合、趣味を仕事にしたからそうなるのは必然であろう。仕事が趣味、仕事以外に生活がない、という方を30代の私は笑えない。
40代でPTA活動をしたあたりからそこが変化して、仕事とまったく関係ない方とも日々話すようになった。いいリハビリテーションになったと思う。一時期私は、仕事の知り合い以外と話をした日は良かった日、として覚えておくことにしていた。街で重い荷物を持って難儀している老人に声をかけても会話の一つだ。そうやって地域社会の一員であることを確認していかないと、どんどん孤立していくような気がしていた。SNS上で交わす会話はそこに含まない。街に出て、声をかけてくる人がいない日は、来し方について少し見直す機会なのだろう。別に勝ち負けの表をつけているわけではないが、こういう考えはずっと持っている。
〈スギエノゴミ〉があったために書けなかった原稿を朝いちばんで終わらせた。これによって6月中に稼がなければならない金額への進捗率は49.25%に到達した。50%まであと少し。このあと外出して夕方には戻るので、そこで書いた分の原稿料でなんとか行くのではないかと思う。昨日は外出している間に、新刊への推薦文コメントと文庫解説の依頼がそれぞれ一件あった。両方とも7月〆切である。ありがとうございます。また、新たな打ち合わせが具体化してそれぞれ日程が固まるという進展もあった。
本日好書好日でも告知が繰り返されたが、現在嶋津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社)を課題作として800字書評コンテストが開かれている。〆切は20日である。優秀作は好書好日に掲載され、賞品としてトートバッグももらえるので、ぜひ挑戦してみていただきたい。
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