杉江松恋よりごあいさつ

こんなことを考えて始めてみたのです。
杉江松恋 2026.05.31
誰でも

1995年にこの筆名を使って仕事を始めた。2025年は30周年の節目だったことになる。

運のいいことに、『日本の犯罪小説』(光文社)で第78回日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞することができた。ライター仕事を始めて数年の間は、自分が単著を出せるかどうかも覚束ない状態だった。運だけはよくて、かなり早期にノヴェライズの仕事が入るようになり『バトル・ロワイアル2 鎮魂歌』(太田出版)もやらせてもらった。しかしノヴェライズに求められているのは個性というよりも器用さである。原作を絵師が肉筆で描くとしたら、ノヴェライズはそれを版木に起こすための彫師の仕事である。10本近く手掛けたのだから、いい彫師ではあったのだと思う。

ライターとしての私は、同じことを30年もやっていればなんとか形になるという見本なのだと思う。ずば抜けた才能はないが、技術は持っている。ライターは作家ではないので、技術を売って日々の糧を得られればそれでいいのだとずっと思っていた。

そういうわけにもいかなくなったのがここ数年である。紙の媒体が減ってきて、残ったところでも原稿料の値上げなどは望むべくもない。ところが物価はどんどん上がっているのである。相対的に貧乏になる。

幸か不幸か、私は紙媒体ではそんなにいい原稿料をもらう仕事はしていなかった。書評でいえば、全国紙のレギュラーに入るのが最も割がいい。これだけ長くやっているのだが、その書評委員の経験はないのである。朝日新聞で文庫専門の欄を2年間やらせてもらっただけだ。本欄ではなくて。そういう稼げる仕事はもらえなかったので、仕方なく、最高とはいえない原稿料でしのいでいく術を身に着けた。

どこかで書くと思うのだが、私を鍛えてくれた媒体の1つが、先般休刊が発表された『ダ・ヴィンチ』だった。ここでインタビューの仕事をたくさんやったことが後で身になった。極端な言い方をすると、机に向かって原稿を書くだけではなく、取材に出るやり方を覚えたことによって、書評家だけではなくライターとしても成長することができたのだ。これで物書きとしての寿命は延びたと思う。

その『ダ・ヴィンチ』が休刊になっていろいろな反応がSNSに投稿されたが、ひとつ衝撃を受けたものがあった。

「ダ・ヴィンチがなくなったらどこで本のレビューを見たらいいんだ。王様のブランチか」

というのである。いや、「王様のブランチ」以外にレビューが載っている媒体はいくらでもあるし、だいたい『ダ・ヴィンチ』だってレビュー中心の雑誌ではなかったはずである。

書評中心に生きてきた自分はなんだったのか、と一瞬世をはかなんだが、これが現実だ、と思い直した。書評が載っている媒体というのはそれほど部数が出ているものではないのである。良心的なメディアではあるが、世の人の大半が見るものではない。SNSや動画配信サイトを見ても雑誌の書評欄は読んだことがない、という人は大勢いるだろう。

そういう意識の切り替えが必要なのだ、と思った。そっちが見てくれないなら、こっちから見せにいくしかない。書評をこういう風にやっています。よかったらちょっと見てください。気に入っていただけたらぜひ杉江松恋という名前を探して書いたものを読んでください。あ、書評だけじゃなくてインタビューとかほかの書き物でも可です。

そんな風に告知をしていかなければ。30年書いてきたからどうだというのか。世の人に名前を知られているかどうかがやっていた年月の長さと比例するとは限らない。キャリアにあぐらをかいて努力をやめたら、情報の奔流の中でたちまち埋もれていくだろう。

このニュースレターは、そういうことを考えている書評家・ライターの杉江松恋が、自分が職業人として生き残っていくために考えることや、先達から教えてもらって後進にも伝えないといけないと考えている知識などを配信するためのものである。ときどきはもしかするとイベントを開催したり、有料記事を書いたりすることがあるかもしれない。とりあえずは無料で読めるので、登録をしていただけると幸いです。

こんな使い方でいいのかよくわからないのだけど、とりあえずはしばらく行ってみようと思う。どうぞ長いお付き合いを。

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